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2008/12/08

田島神社

呼子大橋で結ばれた加部島には、佐賀県で最も古いといわれる『田島神社』があります。
唐津駅からはマイカーで、約40分。バスでは約50分。呼子朝市辺りからならマイカーで約12分くらいかな、バスだと約15分。
「加部島」行きのバスで「加部島渡船場前」バス停で降りると、バスの後を追うように坂道を登ってください。緩やかな坂道のてっぺん右側に鳥居があります。も一つ奥の「加部島中部」で降りられると、バスの進行方向右手後方に鳥居があります。場所を確認していただきやすいのは「加部島中部」のほうですかね。

御祭神は 三人の姫神様です。
   
田心姫尊 (たごりひめのみこと) 
   湍津姫尊 (たぎつひめのみこと)
   市杵島姫尊 (いちきしまひめのみこと)

相殿として、大山祇神(おおやまつみのかみ)、稚武王 (わかたけのみこ)

御神徳は 陸海交通安全 大漁満船 五穀豊穣 開運厄除け

 旧国幣中社であり、延喜式内社。鎮座の詳細な年代は不明。肥前の国最古の神社である事は延喜式に書かれています。三女神を主祭神とし、相殿二神を配祀。稚武王(仲哀天皇の弟)の弟十城別王を祀る志志岐神社(長崎県平戸市)を下松浦明神と称するのに対し、この田島神社を上松浦明神という。古くは朝廷の崇敬を厚く受け、天平年間(729~749)に稚武王を配祀した後、朝廷より大伴古麻呂が派遣され、田島大明神の御神号が贈られた。また、平安初期大同元年(806)に神戸十六戸をあてられ、大宰府管轄地域の主要神社であった。延喜式では、名神大社とされている。中世以降は武門の崇敬を受け、近世、唐津城主・土井氏は祈願所として、崇敬を捧げられた。明治四年五月、国幣中杜に列せられました。
 境内には佐賀県最古の肥前鳥居もあり、円融天皇 天元3年(980年)大江山の鬼退治で有名な源頼光が肥前守として都より下向の際に寄進したものだそうで、「頼光(らいこう)鳥居」とも呼ばれています。

Dsc_7664  この田島神社、加部島漁港を目の前においています。そのせいか、加部島の方々は(おいらが知る限り)「田島さん」大好き&大切な人ばかり。
神社の写真を撮ろうと漁港(神社の対岸)からカメラを構えていると「何してるの?」と酔ったおっちゃんに乱入されたことがありました。すっかり泥酔しているその人は、田島神社の話になると「こんな由来のある神社」で「自分たちをこれだけ守ってくれる神様」で「だから自分たちも神社を大切に守っていきたい」と直立不動(のつもりらしいが、ふらついてる)で熱く語られる。
ちなみに翌日、そのおっちゃんを訪ねて行ったら、「そ~いえば、ココで誰かと会って、田島さんの話をした、、、ような気がする、、、かな?」とのことでした( ̄Д ̄;;
そんなに酔ってても、熱く語らせる「田島神社」恐るべし!

その1週間ほど後だったか、呼子朝市で加部島から来てるおばちゃんに会い、旅行の話から「あの町にも朝市があって、、、」「こんな所に行ってみたい」なんて話をしていました。おばちゃんは「あーでも、加部島が一番いい。他所に行っても大して珍しいものもない。それに田島さんも居られるから。」と発言。「えっ(*_*)」と反応したおいらに、泥酔&直立不動のおいちゃんよろしく田島さんを語られました(^_^;) 
あのおっちゃんと、このおばちゃんは夫婦でも親戚でもなさそうですが、同じことを仰る! それだけ大事で大切な田島神社なんですね、ちょっと感動してしまったおいらです。

関係ありませんが、田島神社の宮司さんはおいらの高校時代の恩師でした。「なるほど、だからあんなに【通る声】をしてらしたんだな」と納得。佐賀県内、特に唐津周辺の高校へ通われた方、もしかするとあの先生がおられるかもしれませんよ?

田島神社の境内には、他にも二つ神社があります。佐用姫神社と御崎神社。その辺りについては、また改めて(* ̄0 ̄)ノ

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