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2008/12/16

北原白秋

あの 北原白秋、呼子へ現る!!

と、騒ぎになったかどうかは存じませんが、白秋氏は2度程呼子へ来られていたそうです。

樺太旅行の汽車で「松浦漬」創設者の三男と意気投合し、呼子訪問(というより「山下家」訪問?)を約束。
1907年と1929年の2回、呼子で松浦漬をたしなみながら数日間を過ごしたそうです。
その時に唐津小唄、松浦潟等の作品をつくり、「松浦漬音頭」なるモノまで創作したとのこと。

山下家の別荘であった公園『ひばりヶ丘』は、白秋氏が名付けたとも伝えられます。
『ひばりが丘』はおいらが幼稚園から中学校まで、春の遠足コースでした。桜やつつじがとってもきれいだったんです。まぁ、その頃のおいらは「花より団子」でしたけどね(^_^;)
その『ひばりが丘』公園は、今は唐津市の土地として一部を老人ホームとして使用され、そして大改修されましたが今も『ひばりが丘公園』として残っています。

「松浦漬」の製造所・直売所が今は「殿の浦」地区に移ってますが、元は朝市通りの北隣にありました。そのためか朝市通りの北端、朝市側と海岸側に白秋の句碑が建てられています。

そうそう【水光呼子(すいこうよぶこ)】というキャッチフレーズ(?)、白秋氏が自分の故郷『水郷柳川』に対して『水光る街、呼子』を呼んだという説があるんですよ。
この【水光呼子】のフレーズに関しては、横山美智子さん(小説家)が詠んだ『光波に砕けてあり入江の青さ』から生まれたという説もあります。
旧・呼子町でもそのどちらなのか、判断できなかったようで、呼子町史にも「言われている」「説がある」との表現が使われています。

白秋氏はお酒が好きだったそうで、、、その頃(近年まで)、呼子では【松浦の誉(まつらのほまれ)】という日本酒も造られていました。
呼子や唐津、鎮西町(名護屋城跡辺り)を旅されたそうですが、美味しい肴(魚?)もたくさんあって、お酒もすすまれただろうと思います。

呼子日本酒【松浦の誉】は、呼子鯨組(江戸時代の呼子の捕鯨組織)との話ともつながります。そんなこんなは、また改めて(* ̄0 ̄)ノ

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